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【海士町新庁舎プロジェクト】「ない」からこそ生まれるクリエイティビティとコミュニティ
今年の秋に完成予定の「海士町の新しい役場」では、新品の家具を買うのではなく、使われなくなった椅子や机、島内の廃材を活用し、再生家具(リメイク家具)を設置します。
これらの再生家具は、島根県江津市の家具職人チーム「SUKIMONO (スキモノ) 」の方々のご協力のもと製作を進めています。
そして今回このコラボレーションが生まれた背景やものづくりへの思いについて、SUKIMONO平下さんと葛西さんにお話しを伺いました。
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地域資源を活かすという考え方
平下さん:
私たちSUKIMONOは、島根県江津市を拠点に家具などをつくっていますが江津市はインフラが整っていないこともあり、家具づくりに必要な資材を運ぶとなるとほかの地域に比べ輸送コストがかかったり、物流が遅れることがあります。 海士町は離島なので、それ以上に物流の制約が大きく、遠方からものを運び、使うことは非合理的です。なのでなるべく近いところ、身の回りにあるもので家具や家を作るという考え方が、一番自然でありフィットします。
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平下さん:
しかも、そうすることによって生まれる副産物として、地域ならではのビジュアルが自然とモノに形作られていきます。
現代では既存の確立された物流システムを使って、均一的に、どこでも同じものを作ることが一般的になっていますが、それでは地域の個性がなくなってしまいます。
今回海士町新庁舎プロジェクトで求められていたのは、まさに “海士町らしいもの” を作ることでした。その想いを形にするには、前提条件として既存の物流に頼らず、地元の資源を使うことなので、我々SUKIMONOがやっている「すでにあるモノ個性を輝かせる」ことを軸にプロジェクトに関わることになりました。
制約のあるプロセスが「海士町らしさのかたまり」をつくる
葛西さん:
新庁舎に置かれる家具備品およそ360点のうち8割の約300点を、今も使われている既存家具を活用します。そのうち修理・リメイクするものの材料構成比8割以上を海士町・または隠岐産の材料でつくることを目指しています。
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葛西さん:
海士町には製材所がないので木材のアクセスには苦労しましたが、森林組合の方から倒木された楠の木やタブの木をいただいたので、それらで家具を製作することができました。でも、きっと海士町の山にはもっとたくさんの木が眠っていると思うので、それらも活用できたらいいなと思っています。
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葛西さん:
今回のプロジェクトでは、実際に何度も何度も海士町に通い、島にある資源をリサーチし、使われなくなった家具や廃材を島の方々に提供してもらいながら進めてきました。これって、かなり地道で、とても手間はかかるけど、その過程は面白いですね。
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葛西さん:
海士町はいい意味で制約条件がある場所です。なんでもかんでも材料が揃うわけじゃないからこそ、「じゃあこうしよう」という工夫が必然的にデザインに反映されています。そうして作られる家具は、自然と「海士町らしさのかたまり」になっていくと思います。
平下さん:
一見すると、こうした製作のプロセスは新規家具を購入するのに比べると、時間がかかり非効率に見えますよね。でも、少子高齢化が進む日本では、物を大量に生産して豊かさを追求する時代には限界がある。特に海士町のような小さなコミュニティでは、少ない人口でどう豊かに生きるかが重要なテーマになります。だからこそ物を大量に作るのではなく、少量でも付加価値の高いものを作ることが求められるでしょう。
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平下さん:
大量生産がスタンダードな社会では、効率性が重視されてきましたが、このプロジェクトでは一つ一つ異なる素材を使い、それに合わせたモノづくりをすることに価値があると思っています。
自然物には個体差があり、それを尊重して、どうやってその違いを活かすか。海士町でのプロジェクトは、まさにそのプロセスを大事にしています。
葛西さん:
今回、製作プロセスにおいて私たちSUKIMONOだけではなく、役場の方々やプロジェクトに携わる方々からも「こんな空間や家具をつくろう」というアイデアがお互いから生まれています。
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葛西さん:
「こうしたらどうだろうか?」「じゃあこう動きます!」
みたいな会話が実際に多く見られます。
もしも、役場の方々含め、島のみなさんがこれほどオープンじゃなかったら、役場という公共施設の家具を廃材を活用してつくるということはできていなかったんじゃないかなと。
平下さん:
「自分の仕事はここまでです」って言えば、そこで終わってしまいますが、海士町のみなさんはそれ以上のことをやっておられるなと思いますね。
愛されるものづくりとは?
平下さん:
僕はかつて、むちゃくちゃ丈夫なものを作ろうと思ったことがあったんです。
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平下さん:
地球に対してエコであるずっと残るものを作ろうとした。ただ色々考えた結果、結局、使う人次第じゃんって気づいたんです。どんなに頑丈なモノを作ったとしても、日常的に雑に扱われると、そりゃかなわん。簡単に壊れてしまって残りつづけない。
なので、構造もしかりですが、”使う人の思い” 次第でモノの寿命が左右されます。それならば、愛されるもの作らんとね。家具の形や素材も大事だけど、それ以上に使う人が大切にしたくなるような、思いを込めるその過程が「愛されるものづくり」を決めるのかなと思っています。
平下さん:
それこそ大量生産で作られた無機質なものに比べて、自分が作ったものの方が思い入れがあるはず。もしそれが友達が作ったものだとしたらどうでしょう。また、近所の誰々さんが作ったとか、自分と誰かが一緒に作ったとなると、ものに対する思いが変わってきますよね。
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平下さん:
このプロジェクトでは、海士町の素材を使い、海士町の人たちと一緒に作ることで、そういった愛される要素を自然と組み込んでいます。それが、最終的に役場を使う方々にとって空間の価値を高め、長く愛され使い続けることにつながるんだろうなと思います。
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関係性の設計とコミュニティづくり
平下さん:
良いコミュニティを作る上で、関係性の設計も大事だと思います。ただ物理的に人を集めるだけではなく、その中での関係性をどうデザインするかです。例えば、隣にどんな人が住んでいるのかによって、暮らしの質は大きく変わりますよね。若い世代がいるのか、子育て世代がいるのか、あるいは老夫婦が暮らしているのかによって、日常のサポートや繋がりが自然に生まれてくる。海士町のような小さなコミュニティでは、特にその関係性が大切です。
ただし、おなじ地域に住んでいるだけではその関係性が自然に生まれることは少ないので、なにかしら共同作業やイベントが必要です。例えば、草刈りや井戸掃除といった何か一緒にやることが、人々を繋げるきっかけになります。このプロジェクトでも、家具製作という共同作業を通じて、島民の方々の繋がりがより深まっていくのを感じています。
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次世代への希望とものづくりを通じた持続可能な未来
平下さん:
このプロジェクトの最大の価値は、次の世代に繋げることだと思っています。今、私たちが海士町で取り組んでいるものづくりのプロセスは、若い世代や子どもたちにとって、学びの場であり、彼らのクリエイティビティを育む機会でもあります。
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平下さん:
僕は思うんですけど、 全てある状態だと、なかなかいいもんは作れないんです。全て満たされた環境だとなんでもできるわけじゃないですか。
例えば、旋盤があるとすると木を丸く加工できるので、一気にデザインの選択肢が広がります。丸でもいいし、四角でもいい。
そうなると、選択肢が多ければ多いほど、とっちらかるものです。逆に選択肢が少なければ少ないほど、制約があるほどモノを作るうえで深く掘って行けます。
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平下さん:
今回の家具再生プロジェクトも、ものづくりにおける制約がありますよね。
島内のものを自分たちの手でどう価値を作っていくかっていう型がちゃんとできていくと、次の世代のクリエイティビティの練度が上がっていく。やっぱりそれが起きることが、僕らが今やってることの一番の価値だと思います。逆にもっとも価値が低いのは、僕らがやって終わりみたいな、 次の世代が僕ら以下の状態になっていくことです。
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平下さん:
ちょっと時間はかかりますが、島内にあるものをいかに付加価値を高めていくのかを考え続ける。
海士町は江津以上に制約がある環境で、僕たちSUKIMONOにとってもここまで「ない」ところから地域の子どもや大人と一緒にものをつくるというのは初めての試みです。今後、回数を重ねていけば、もっと子どもたちの練度が上がっていくでしょう。
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平下さん:
今回ワークショップに参加してた子どもたちが、いつか僕たち大人のクリエイティビティを抜いていくのか楽しみですし、それが実現できたら良いなと思います。
↓↓ 7月に開催された再生家具づくりワークショップの様子はこちら ↓↓
━━ SUKIMONOの平下さん、葛西さんお話いただきありがとうございました。
今回の海士町新庁舎プロジェクトを通じて、思いが継承されていく場づくり、また持続可能なコミュニティの形成に向けた一歩を確実に歩んでいるように感じるのと同時に、海士町の資源を活かし、愛されるものづくりの先にどんな未来が待っているのかとてもワクワクしました。
(文・隠岐サーキュラーデザインラボ 佐藤奈菜)