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海士町の「よりよい未来」と「未来の暮らし」を考えるために。ーー里山里海循環フォーラムレポート  

島にあたりまえに存在している美しい海と山。
豊かな自然と風土。
そんな「あたりまえ」の豊かさを次の世代に繋いでいきたい。

こういった想いの中、海士町の「よりよい未来」と「未来の暮らし」を考えるため、島外から「生環境構築史」研究グループのみなさんをお招きして「里山里海循環フォーラム 島のエコロジーを<つくる>食べるかたち・住むかたち」と題したイベントが開催されました。当日は約60人もの方にお越しいただきました。

本記事は、一参加者としてフォーラムに参加した、大人の島留学の小野(里山里海循環特命担当所属)が執筆しました。拙い部分もあるかと思いますが、講師の方々の貴重なお話を少しでも海士町のみなさんにもお届けできるよう、まとめてみました。

少し長くなりますが、気になるトピックだけでもぜひ読んでいただけたらうれしいです。

「生環境構築史」研究グループのご紹介

「生環境構築史」研究グループのみなさんは、我々の島の先祖がどういうポイントを大事にして、今この場所に住んでいるか、という点を紐解いてくれる方々であるように思います。


本フォーラムでは、各分野の専門家である講師のみなさんから、幅広いテーマを題材にお話しいただきました。



藤原辰史さん「海士町のみなさんと想いを共有したい」

まずはじめに、司会の藤原さんより、本日のフォーラムの開催経緯についての説明がありました。

藤原辰史さん(農業史・環境史 京都大学)


意見交換の場に
藤原さんから、「世界各国で自然災害が絶えない危機感を抱く中、循環型社会を目指すべく、取り組まなければならないことがたくさんあります。様々な試みに取り組む海士町とみなさんと想いを共有し、人が自然と共生する新しいエコロジーのかたちの実現に向けて、学びを深める場になれば。」との挨拶をいただきました。

数々のフィールドを舞台に研究されている中、今回海士町に足を運んでいただけたことは大変ありがたいことです。本フォーラムでは藤原先生を司会として進行していただきました。

それでは、これより先は各先生方の研究発表をご紹介していきます。



松田法子さん「今、どんな未来を描く?」

松田先生からは、生環境構築史についてご説明いただきました。

松田法子さん(建築史・都市史 京都府立大学)


危機は、過去における未来の描き方に埋め込まれていた?
松田さん:

地球上には人が住めないところもある中、人は住む場所を発見し、つくってきました。
しかし、今その住む場所場所で様々な危機が訪れています。
危機は勝手にはやってきません。もしかしたら、人と自然との間にトラブルが起きているのかもしれません。


未来の筋書きを「今」どう描くか
松田さん:
「こうしよう」という未来図を今、この場でどう描いていくのか。
人が住む場所を発見し、作ってきたのは当たり前なことではありません。
なぜ我々は、今ここに住むことができているのか?
それは、そこでうまく何かを作れて、うまく回してこれたからです。
ここにあるものを発見し、うまく組み替える。
それが「食べること」と「住むこと」をかたちづくってきたのではないでしょうか。

地球の活動と「今、ここ」で暮らすこと。
私たちは、これからどんな未来を描けるでしょうか?



中谷礼二さん「ぜひ”千年村プロジェクト”に」

中谷さんからは、ご自身で取り組まれている千年村プロジェクトについてご説明いただきました。みなさんは「千年村プロジェクト」をご存知でしょうか?

中谷礼二さん(建築史・歴史工学 早稲田大学)

■千年村とは?
中谷さん:
千年の単位を基準として、長期にわたって社会集団の生存を維持しえた地域であり、「千年村」である可能性を持つ地域を「千年村」候補地と呼んでいます。

千年村プロジェクトの目的
全国の〈千年村〉の収集、調査、公開、認証、交流のためのプラットフォームとして構想されました。2011年に発生した東日本大震災後に、優れた生存立地を発見しその特性を見出す必要性を感じたことが発端です。関東と関西に研究拠点を持ち、環境・地域経営・交通・集落構造という4つの場所の要素を重要視し、それらに関する諸分野の研究者・実務者らによって運営されています。                  

千年村公式HPより


■中里・知々井・豊田は千年村?!
千年村の選定のポイントとなるのは、①低地の米ができるところ、②洪水を避けれる少し高台にあるところ。

海士町だと中里区、知々井区、豊田区は該当の可能性があるそうです。

これに対し、会場からは、海士町に〈千年村〉候補地が三つしかないのは疑わしい、おそらくほとんどの地区が千年村ではないか、という声が挙がりました。候補地はあくまでも呼び水としての地点であり、全体が千年村に認定された自治体もあるようです。

海士町で暮らした先人たちも、目の前にあるものを発見し、うまく組み替えてきたことで、千年の時を経ながら今の私たちの生活にも継承されてきたのかもしれません。



青井哲人さん「なくていいものは、なくていい」

青井さんからは、福島をフィールドに研究された新しい村のかたちについてお話いただきました。

青井哲人さん(建築史・建築論 明治大学)


なくていいものは、なくていい
青井さん:
福島原発事故は、なくていい事故だったのではないか。
危機が訪れたとき、どう蘇るのだろうか。
そこに着目するだけでなく、そもそもなぜ危機を迎えなくてはならなかったのか。
「なくていいものは、なくていい」あるものでいい。
海士町の「ないものはない」にも通ずる考え方です。


私たちと自然との関係を明らかにし、未来を描く
青井さん:
土を戻し、水を確保し、生きる仕組みを作っていく中で、そのスケールはどの程度なのか。海士町の暮らしを絵に描いたらどうなるのか。
それぞれの集落には水があり、その成り立ちや仕組み、自然との関係はどうなっているのかを絵に描く。それをもとにこれからの未来を描いてみてはどうだろうか。

福島の話を教訓に、もし海士町に住めなくなる事態が起きたとしたら、どういったことが想定されるでしょうか? 
今の暮らしの中で自然との間でトラブルが起きているとしたら、それを明らかにし、未来を考えていかなければなりません。



日埜直彦さん「考え方としての”偶然性”」

日埜さんからは、ことわざの「風が吹けば桶屋が儲かる」より、素朴な疑問をテーマにお話をいただきました。

日埜直彦さん(建築家 日埜建築設計事務所)


偶然性の連鎖と現実
日埜さん:
偶然が必然になる。
そうなる必然性は全然なかったが、結果として起こったことが、さらに次の変化を引き起こしてしまう。

あるときたまたま隣接していたAとBが、偶然により影響して、Cが生じてしまう。どう考えてもCが生じた理由は偶然に過ぎない。しかしCが目の前に実際ある。

「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざがあるが、「桶屋が儲かる」ことがどんなに馬鹿げたことに思えても、もし本当にそういうことが起こったら、それは現実。

これはもちろん笑い話だが、しかしよく考えてみると、こういうことは実はそんなに珍しいことではないのではないか。

例えば海士町。
海士町という町の成り立ちについて考える。色々な要素で海士町ができあがっってきた。「風が吹けば桶屋が儲かる」理論より、よほど奇想天外な連鎖なのではないだろうか。


不確定な未来を、みんなで議論していく
日埜さん:

未来は予測不可能性に溢れています。
不確定なことを考えつつ、どういう手を打つのか、理屈では説明できません。エコロジーを考える上で不確定要素はつきもの。その偶然性はどう考えたらいいのか。その視野を持つために、みんなで考え、議論し、違う考えを見つけようとする試みが重要なのではないでしょうか。

素朴な疑問から「風が吹けば桶屋が儲かる」を題材に、新しい考え方の切り口を教えていただきました。



遠藤秀一さん「ツバルから学ぶ生き方」

遠藤さんからは、ツバルの暮らしを通して、現代社会の矛盾を突いたお話をいただきました。

遠藤秀一さん(写真家 ツバル国環境親善大使)


■グローバリズムの浸食をうけたツバル
遠藤さん:

人口約1万人、オセアニアに位置し、9つの島から成り立つツバル。「大切なことは食べること、飲むこと」これはツバルに息づいている考え方だそうです。また、歌や踊りを楽しみ、そういった文化を大事にしているようです。そんなツバルも、資本主義によるグローバリズムに脅かされ、輸入に頼ったことでごみが溢れるようになりました。

そんなツバルでの暮らしを目の当たりにし、大事なことは、モノの量、お金の量ではなく、「自然からどうやって自分の命をつなぐ知恵を身につけていくか」ということ。つまりそれは地域に合わせた暮らしをするということであり、災害にだって強い。そしてそれは気候変動対策にもなります。


ツバルと海士町の親和性
遠藤さんが抱いた海士町の印象は、「山のあるツバル」。
ヒトの豊かさ、静かな海を目の当たりにし、海士町にツバルと似た印象を抱いたようです。
また鹿児島では、食とエネルギーの自給自足を目指し、「山のツバル」を運営されています。島の中での循環を実現していく上で、学ぶべきことがありそうです。

「島」という同じ立地環境の国、ツバル。世界の島々からも学ぶことは沢山あるのではないでしょうか。



松嶋健さん「あるものを生かす」

松嶋さんからは、隠岐の岩牡蠣に感銘した話から、資本主義にまつわるテーマまで幅広くお話いただきました。

松嶋健さん(文化人類学 広島大学)


あるものを生かす
松嶋さん:

隠岐の牡蠣の作り方に感銘を受けました。広島では原爆が落ちた後、除染して海底を掃除しました。しかし、皮肉なことに綺麗にしすぎて美味しくて大きい牡蠣が育たない。そのため毎年、わざわざ海底を混ぜて濁らせるているようです。隠岐の牡蠣は、わざわざ手間を加えず、あるものでつくっていますね。

資本主義に埋め込まれている原理とは
「こんなことやらなあかんのかな」
やらなくていいことをわざわざ作り出して、それをやって忙しくなってみんなしんどくなる。色んなところにそういうものがあるのではないか。
それは資本主義の原理の中に組み込まれているからである、という鋭いお話をいただきました。

資本主義とは何なのか。今一度向き合ってみると、これから描く未来絵図も変わってくるのではないでしょうか。



竹本吉輝さん「自分たちの暮らしの調達可能性を考えてもらいたい」

竹本さんからは、これまでの先生方の発表を踏まえ、総括と会場に向けた問いかけをしていただきました。

竹本吉輝さん (株式会社トビムシ 代表取締役) 


暮らしの調達可能性
竹本さん:
海士町は自然に調達できるものが多いですね。
自然から調達できるということはとても重要なこと。
海士町は食料自給率が高い。島なのに湧き水が豊富で米が作られる。

しかし、食料は調達できているけど
エネルギーや素材は調達できてますか?
家をつくったり、着るものを作ったり、できますか?

電気、熱、は何から取りますか?
木はありますか?
それらはエネルギー転換できますか?

自然に近い暮らし。
調達可能なもの。目の前で調達しやすいもの。
その場にあるものを調達し、高度な技術を必要とせずに、
卓越した化学技術がなくても暮らせることは災害に強いです。

今住んでいる場所はいいところですか?
「暮らしやすい」いいところですか?
そういう感覚をもって、わたしたちはこのままもあり続けられのか?
それに対しどう感じているのか。
海士町全体でどう疑問を感じているのか。

今、私たちの暮らしは調達可能性が低くなっているのではないだろうか。
目の前にあるものを、自分たちの暮らしに取り入れることが難しくなっており、生かせなくなっている。

それらが色んなレベルで存在している。
みなさんは、どう感じられますか?
ぜひ自分たちの暮らしの調達可能性について考えてもらいたいですね。



会場のみなさんからの声

竹本さんからの問いかけに対し、会場のみなさんからは様々な意見がでました。

・技術が難しくなるほど、発展するほど恩恵を受ける人が減るのでは?
もっと低いレベルで多くの人が恩恵を受けることができないか。

・暮らしの満足度が自然に依拠した形に整っていかないと実現は難しい。
文明を否定しがちだけど、海士町は国のお金に支えられている。そこらへんをどう整理していくか。どう自分(たち)なりに納得していくか。

・島の循環を目指していく中で、技術が途絶えてしまっている危機感を感じている。技術をどう継承していくのか。

・人があっての循環。技術者がどんどんいなくなる。後継者・次を担う世代がいない。今の現役世代はかなり高齢化している。もうあと10年20年先も厳しいのではないか。


海士町のスローガンにも掲げられている「継承・団結
技術をどのように継承し、いかにして私たちは団結していけるのか。
今一度、問い直す機会となりました。



先生方からの声

会場のみなさんからの意見をもとに、講師のみなさんからもフィードバックをいただきました。

・できることからやっていく。自分(たち)にもできることは日々ある。

・今すぐ何かを変えよう、ということではない。これからどう描いていくか。

・ちょっとした工夫を内発的にやってみる。島という限定された空間だからこそできることがある。

双方向での意見交換を通して、学びの多い、有意義な時間となりました。



主催者代表より「みなさんと共に暮らしをつくっていきたい」

最後に、本フォーラム主催の里山里海循環特命担当課長 大野から挨拶がありました。

大野佳祐さん(里山里海循環循環特命担当 課長)


エコロジーをつくる側にまわっていただけませんか
大野さん:
島にはまだまだ不都合な真実があります。
島の暮らしをつくっていくのは我々一人一人です。
海士町のみなさんと共に里山里海の循環をつくりあげていきたい。
今日のような対話する場をもっとつくっていき、価値観を共有していきたいと思います。

海士町役場に里山里海循環特命担当が新設されてから早3か月。
「循環」をテーマに催したイベントを通して、島民のみなさんと意見交換をする中で、環境に対する意識を強く持つ人々の輪が少しずつ広がっていく兆しを感じています。

しかし、島内のなかでも認識の差があるのも事実。
共に対話する機会を通して、価値観を共有していき、お互いの価値観に寄り添いながら、団結して持続可能な暮らしを模索していけたらと思います。



当日ご来場いただいたみなさん、読んでくださったみなさん、そして来島された生環境構築史グループのみなさん、ありがとうございました。

里山里海の循環の実現に向けて、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

(海士町役場 里山里海循環特命担当所属 大人の島留学:小野)







島との距離は離れても、気持ちはいつも近くに