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4月6日から!特別展「よみがえる承久の乱」~京都文化博物館

承久3年(1221年)、後鳥羽院は北条義時追討を企てた「承久の乱」に敗れ、海士にお遷りになりました。そして19年間お過ごしの後、都に帰ることなくお隠れになります。上皇がお遷りになられてから令和3年(2021)で800年。
海士町内では様々なイベントが計画されていますが、京都文化博物館では、「よみがえる承久の乱―後鳥羽上皇 vs 鎌倉北条氏―」と題した特別展が4月6日から催されます。海士町と後鳥羽院顕彰事業実行委員会は特別展に協力させていただいており、イベントについてご紹介させてください。

↑ 展示作品が多数掲載されています、ぜひご覧ください! ↑

開催趣旨
12世紀における院政の展開、1180年代の内乱、そして東国での鎌倉幕府の樹立を経て、13世紀初頭には、後鳥羽上皇が列島を統べる体制が成立します。後鳥羽上皇は、勅撰集『新古今和歌集』に結実する和歌をはじめとして、多芸多能の帝王でした。
 しかし承久3年(1221)、前代未聞の事件「承久の乱」が起こり、後鳥羽上皇が北条氏率いる鎌倉御家人に合戦で敗れ、隠岐に流されたのです。この承久の乱を機に、鎌倉幕府の優位のもとで公家と武家が並存する時代となりましたが、やがてその体制にも終止符が打たれ、南北朝の内乱が展開することとなります。
 本展覧会では、近年進展著しい当該期の最新の研究成果を踏まえて、皇族・貴族・武士・僧侶など、この時代の人々の息吹を伝える古文書・肖像画・刀剣・仏画や、この時代を描いた絵画類から、日本史上の重要事件の歴史的意義に迫ります。2021年は承久の乱から800年。今によみがえる乱の様相をご覧ください。(サイトより)
鎌倉時代に鎌倉御家人と後鳥羽上皇が争った「承久の乱」にまつわる絵巻物などを集めた特別展が京都文化博物館で6日から始まります。
鎌倉時代の1221年に起きた「承久の乱」は、後鳥羽上皇が鎌倉幕府の執権、北条義時を相手に起こした兵乱で、戦に敗れた後鳥羽上皇は隠岐に流されました。
ことしで承久の乱からちょうど800年になることから、京都市中京区の京都文化博物館で6日から特別展が開かれることになり、5日、内覧会が開かれました。会場には、承久の乱にまつわる絵巻物や刀剣、仏像など前・後期あわせておよそ160点が展示されます。
このうち、80年ぶりに再発見された「承久記絵巻」は、全6巻からなる絵巻物です。
幕府の義時のもとに武士が集まる様子や上皇側が敗走する様子など、承久の乱の36場面が鮮やかな色で描かれています。
また、国の重要文化財の「太刀 菊御作(たち・きくごさく)」は、兵の士気を高めるために後鳥羽上皇自らが作ったものと伝えられています。
京都文化博物館の有賀茜 学芸員は「後鳥羽上皇が愛した和歌などを掲載した作品も展示しています。80年ぶりに発見された絵巻を見ることで、当時の様子を理解するきっかけにしてほしい」と話していました。
この特別展は今月6日から来月23日まで開かれます。(サイトより)

見どころ

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海士町には後鳥羽院資料館という郷土資料館がありまして、資料館スタッフさんに展示の見どころを教えていただきました!

約80年ぶりの公開となる「承久記絵巻」が1番の見どころかと。2022年大河ドラマ『「鎌倉殿の13人」』の主役でもある北条義時と、後鳥羽上皇が生き生きとした筆遣いで描かれています。
また、後鳥羽上皇が作刀したと伝わる重要文化財「太刀 菊御作」(京都国立博物館蔵、展示は4/25まで)も登場します。
さらに会場には海士町、後鳥羽上皇のゆかりの地マップも展示されています。隠岐神社禰宜の村尾さんが写した荒れる海の写真が大きく引き伸ばされて素敵に展示されているそうですので、お近くの方はぜひ見に行かれてください。

特に絵巻や刀がおすすめとのこと、ぜひぜひこの機会に行ってみていただけるとうれしいです。展示ではありませんが、下記から後鳥羽院の動画や800年の記念サイトをみることができます。こちらぜひ見てみてくださいね。



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島根県隠岐諸島に位置する人口約2,250人の町、海士町。海・山・田畑のそろった自給自足のできる半農半漁の島です。2011年に【ないものはない】宣言。2015年に【隠岐ユネスコ世界ジオパーク】に認定されました。【教育の魅力化】をはじめ、様々な取り組みを推し進める【挑戦の島】です。