無いことから生まれるインスピレーション
多くを語らない落ち着いた物腰。知的なほほえみと、凜としたたたずまい。
「家が超絶お洒落らしい!」「センス良すぎ」「でもちょっとミステリアス…」と密かに憧れる女子が多いムラー和代さんは、実は意外にも“放浪の人”だった!?
海士町出身ながら海外生活が長く、ロンドンの芸術大学で真面目な学生をしていた頃も魂は常にロック。なかなかどうしてパンチのきいた人生遍歴を、とくと聞かせていただきました。
和代さんの職場は、海士町教育委員会が運営する交流施設「あまマーレ」。
あまマーレは、第一慶照(けいしょう)保育園の跡地を改修して再利用した施設で、屋内には居心地の良いコワーキングスペースや、日用雑貨をリサイクルするための「古道具やさん」、ちょっとした演奏会を開いたりビリヤードを楽しむこともできる大きめの部屋(旧遊戯室)等があります。
園庭はそこそこ広く、庭から続く裏山はやんちゃな島っ子たちの格好の遊び場になっています。
あまマーレのスタッフ3人のうち、唯一の常勤スタッフが和代さん。2015年4月からずっと関わっており、現在は古道具のメンテナンスや店内レイアウトのほか各種イベントの企画運営、施設管理全般を担当しています。
イギリスで培った、アーティストとしての核
海士町の北分地区出身で、県立隠岐島前高校に進学。「野球部のマネージャーしてたんだよ」と聞くと、青春を謳歌する若き和代さんの姿を思い浮かべてしまいますが、当時は島を出たくてたまらなかったそうです。
「都会にめちゃくちゃ憧れてたわけじゃないんだけど、ここには『何も無い』と思ってつまらなかった。無いものは分からないし、未来をイメージできなくて。自分が何をやりたいのかがサッパリ見えてこないのがイヤだったんでしょうね。どんな仕事に就きたいかもよく考えないままに、とりあえず潰しがききそうなスキルを身につけたら?と言われて、大阪にあるコンピュータと経理の専門学校に行きました。…意外ですか?私、ちゃんと簿記2級まで取りましたよ(笑)」
卒業後はいわゆる「お堅い」業界へ。法律事務所、税金関連の公益社団法人に就職したりしましたが、どちらも長くは続かず、20歳の頃にバイト生活に突入。画材屋や古着屋、エスニック雑貨屋など、興味の赴くままに働きました。
そんな暮らしの中で見つけた、たまらなく心惹かれるもの。それはイギリスのカルチャーでした。90年代のイギリスは、最先端カルチャーの発信地として世界中から注目を集めていました。
クールな映画やUKロックを始めとする音楽、レトロポップやサイケなどのファッションに熱中し、和代さんのイギリス熱は高まる一方。友人と初めて行ったロンドン旅行で飛行機から降りた瞬間、「この空気、好き…!ここに住まなきゃ!!」とまで思ったそう。
そして1993年、24歳で渡英。ロンドンやバーミンガムで暮らし、バイヤーとして古着を買い付けて日本へ送ったり、ノッティングヒルにある大規模な路上マーケット「ポートベローマーケット」で古着屋の仕事をしたり。ロンドン市内のギャラリーや小さな映画館、ライブハウスに足繁く通い、週末の夜はナイトクラブへ。
刺激的なカルチャーの洪水の中、とりわけアートへの愛が高じた和代さんは本格的に学ぼうと決め、最初は芸術系の専門学校、ついには大学にも入学。ロンドン芸術大学キャンバーウェルカレッジでは陶芸を、続けてロンドンメトロポリタンユニバーシティではファインアート(視覚芸術全般)を勉強しました。
「当時のお気に入りのナイトクラブは100 Club。通ったライブハウスは多すぎて覚えてない(笑)好きなバンドのライブに現地でしょっちゅう行けるなんて天国でしょ!あの頃によく聴いてたのは、イギリスやスコットランド、アメリカのバンド。同時に60年代、70年代の音楽も。好きなアーティストはたくさんいるけど、特に強烈だったのは、絵を勉強している時に出会ったJohn Cage(※アメリカの前衛コンポーザー)。音楽だけでなく考え方やものの見方、アートワーク、大げさに言ったら生き方にも影響を受けました。John Cageは今に至るまでずっと何かを考えさせてくれます。哲学的だしよく分からないんだけど、わからないところも含めて好きなんです」
「ギャラリー巡りだけでなく映画も音楽もすべてが作品に反映される。遊んでばかりじゃなくてちゃんと頭も使ってました。アートって頭を使うんです!」と和代さんが言うように、アート学生だった当時は遊びと勉強とが完全に重なり、昼夜を問わずエネルギッシュに動き回る中から自分の創作につながる何かを常にインプットしていたよう。
と同時に、古着を始めとする古いモノへの愛もますます深まっていきました。和代さんが好むアンティークは、単純に古いだけのモノではなく、時を経て味わいを増し、アート作品のような魅力を兼ね備えたものです。
ポートベローマーケットでドイツ人のフランクと出会い、意気投合して生活を共にするように。ロンドンで1年半ほど暮らした後、エセックス州へ移りました。
「エセックス州の中でも田舎を選びました。周りに牧場や草原が多いところ。猫を飼ったり料理に熱中したり、彼と一緒に住み始めてから私はだいぶ変わりました。ロンドンとは違う、また別な自分の時代に入ったというか…新しい価値観が芽生えましたね。田舎暮らしもいいもんだな、と」
やがて娘の彩さんが生まれ、フランクはもともと異国に興味津々だったこともあって、日本の田舎で子育てをしようと決定。2008年に帰国し、住みやすい土地を求めて車1台で放浪(?)する、3人と猫2匹の家族旅行が始まりました。
奈良を皮切りに、長野、石川、岐阜、三重をウロウロ。さらに四国全県をグルグル回り、山陽を越えて、山陰へ。1ヶ月余りのさすらいの末、結局、「な〜んだ、海士町が一番いいじゃん…」という結論に至りました。(やっぱり!笑)
2012年から3年間だけスイスのアルシュテッテンに滞在しましたが、2015年に再び帰郷。
18歳で島を出てから30年近くの年月を経て、今度こそ海士町に腰を据えようと決めた、本気のUターンでした。
無いことから生まれるインスピレーション
和代さんのふるさとである海士町は今、キャッチコピーに「ないものはない」を掲げています。
この言葉をどう思うか聞くと、「確かに、必要なものは全部有るよね~」との答えが。
「私はそもそもモノをたくさん持つのが嫌いだし、シンプルでミニマムな暮らしが理想。だから今、とても暮らしやすいですよ」
かつて、ここではやりたいことが見つけられず、「『無い』からイヤ!」と島を出て行ったはずが、今では「ないものはない」の心地良さを感じられるようになったのはなぜなのでしょうか?
「だって、無いから楽しいのよ。自由に創作するには、いろいろ無いほうがいいわ」
一つの素材をいろんな切り口から見て本来とは違う使い方を無限に考え出すような、既成概念にしばられない自由な発想こそ、クリエイティブの源。イギリスで本場のアートやアンティークの世界に身を置き、感性を磨いてきた和代さんにとっては、都会的なモノが少ない代わりに古き良きものに満ちているこの島は、むしろインスピレーションの宝庫なのです。
「ないものはない」という言葉が内包している、『あなたにとっての豊かさとは何?』という問いかけ。和代さんが見つけた答えはおそらく、「創作意欲を満たすこと」だったのでしょう。
作品を販売したりアートを教えたりする気もさらさら無く、「純粋に作るのが好きだからやってるだけ。いつも何かを作りたいの」と笑います。
あまマーレも自分も、型にはまらない表現を
好きなことに触れる時間が無いと人生はむなしい。
逆に、好きなことに浸れる時間、共通の“好き”をもつ人たちと語らう場所があれば、人生は豊かだ。このことを身をもって知っている和代さんは、あまマーレを「島民が趣味を活かして交流しあえる場所、それぞれの特技や才能を活かせる場所にしたい」と願っています。
絵が趣味の人の作品展。島民の手作り雑貨の販売、スイーツ作りの達人によるケーキ販売。島で暮らす外国人が自国の文化を紹介したり、海外の郷土料理を披露してみんなで食べたり。書道やフラワーアレンジ、アクセサリー作りや裁縫のワークショップ、写真撮影会など、あまマーレのイベント企画は実に多種多様。島には映画館やシアターが無いので、その代わりにと、遊戯室で上映会やオリジナルの演劇、ゴスペルやピアノのコンサートをしたこともあります。まさに“ないものはない”ワールド。
人と繋がりあう場であることも大切な役割です。移住したばかりのIターンの若いお母さんが島のおばあちゃん達と仲良くなり、郷土料理を教わったり子育てのアドバイスをもらったりする「島ばっば交流会」は、既に20回近く開催しています。
アイデアを練り、工夫を重ねてあまマーレらしいイベントを仕掛けるという仕事は、クリエイティブ活動そのもの。主に和代さんが担当している古道具やさんのレイアウトや陳列のしかた、手作りの装飾も、どれひとつとっても独特のセンスが光り、おいそれと真似できるものではありません。
「私は古いモノが大好き。あまマーレ自体が古いですからもちろん大好き(笑)。毎日ここにいられて幸せです。創作意欲は常にあって、使う材料も古いモノがいいんですよ。鉄の破片や廃材があれば色んなものが作れます。本来とは違った用途を見つけることで型にはまらない表現ができて、面白いものが生まれますよね。素材も自由、手段も自由。私はペイントやドローイングの他にも裁縫や編み物や、日によってやりたいことも作りたいものも違うし、なんでもアリ。料理やケーキ作りも同じで、自由なクリエイション。あまマーレという場づくりも、似たところがあるかもね」
長い取材もそろそろ終盤という頃、ぼそっとつぶやいた言葉。
「実は最近、新しいことを学びにまた海外へ行きたいという気持ちがあって。そろそろ、放浪したいかも…」
知らない世界へ飛び込むことで、頭も心もストレッチして固定観念を叩き壊したり、感性をブラッシュアップしたり、眠れる才能を目覚めさせたり…。マインドの新陳代謝はアーティストの生命線です。
和代さんは今も、“旅の途中”。
いくらでも変われる自分を、人生をかけて楽しんでいるかのようです。
【書き手よりひとこと】
守りに入らない。好きにやる。破壊からの創造。ロック・スピリットと“ないものはない”は、意外と通じるものがあるんだな。飄々と我が道をゆく和代さんは、やっぱりかっこいい。
(written by:小坂まりえ/フリーランスライター)