【神迎祭】後鳥羽上皇が海士町にご遷幸され、800年が経ちました
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【神迎祭】後鳥羽上皇が海士町にご遷幸され、800年が経ちました

9月11日に後鳥羽上皇のご着船の地である海士町の崎地区で、遷幸800年の神迎祭が行われました。

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神迎祭の祭典の様子

後鳥羽上皇は、鎌倉時代の承久の乱(1221年)で、鎌倉幕府軍に敗れ、隠岐(海士町)にご配流されました。その年からちょうど800年が経ちます。

当日の内容
17:45 祭典
18:15 神籬巡幸(ご着船の地~お腰掛けの石~三穂神社)

神迎祭では、後鳥羽上皇がはじめて海士町に上陸した崎地区の海岸で、後鳥羽上皇をお迎えし、祭典を行いました。

夕焼けに染まる空と波の音がかすかに聞こえる静かな場所で行い、神職が参進、祝詞が奏上されました。

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神迎祭では、今年(令和3年)の神輿渡御が延期になってしまったため、令和4年に神輿渡御を行うことを後鳥羽上皇にご報告しました。

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神籬巡幸(ひもろぎじゅんこう)では、800年前、後鳥羽上皇が三穂神社まで歩いたとされる道を練り歩きました。

神籬巡幸とは、臨時に神を迎えるための依り代となる神籬を持ちながら、一定のコースを練り歩くこと。

後鳥羽上皇は当時、夕方に海士町の崎地区にご到着され、泊まる宿をお探しになられました。

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後鳥羽上皇がご到着された場所

その泊まる宿をお探しになられたのが由来となって、その周辺は「宿乞(やどこい)」という名称で親しまれています。

しかし、後鳥羽上皇が泊まれるほどの格式の高い家がなかったことから、崎地区にある三穂神社にお泊りになられたと伝わります。

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後鳥羽上皇が、崎の港から三穂神社まで歩いたとされる道

お付きの者が宿を探している間、後鳥羽上皇が腰掛けたとされている石があり、その石のことを「お腰掛けの石」と呼んでいます。

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お腰掛けの石

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崎地区の三穂神社

後鳥羽上皇は三穂神社で仮泊され、「命あれば かやがのきばの月もみつ 知らぬは人の 行くすえの空」と心境を歌にされたと言われています。

この歌は、「命には限りがあり、時にも限りがある。粗末な萱(かや)の軒端(のきば) の月を眺めて思うのは、人の行く末は分からないということだ。」という意味だそうです。

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後鳥羽上皇が崎の港から三穂神社まで歩いたとされる道は『後鳥羽院 遠島御百首(後鳥羽上皇が海士町で詠んだ和歌の歌集)』の、のぼり旗が飾られており、三穂神社は竹灯籠で彩られていました。

竹灯籠は後鳥羽上皇が大切にされた文化を子どもたちに伝えようと開催している「ごとばさん伝統文化未来教室」や、島体験生が企画したいくつかのワークショップで作成し、小中高生や保育園、大人の島留学生が参加され、50個ほど作られました。

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小さい子から大学生までたくさんの方が参加し、一人ひとつ作ったそうです。楽しそうな様子が見れて良かったとのこと。

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竹灯籠には、ワークショップ参加者のみなさんがそれぞれ遠島百首から選んだお気に入りの言葉と、好きな絵が書いてあります。

竹灯籠の中にはLEDのライトを入れていて、夜には幻想的な景色でした。

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学校給食も後鳥羽院メニュー!

9月10日は、海士町の小中学校の給食が後鳥羽院にちなんだメニューでした。

・玄米ごはん
・梅干し
・おみおつけ(味噌汁を丁寧に表現した言葉)
・イカの煮付け
・あらめの煮物
・白浪(島の伝統菓子。後鳥羽上皇に献上されたとも)
・牛乳

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後鳥羽上皇が海士町で過ごす日々の中、どういったものを口にされてきたのか、歴史の書物を見たり、聞きながらこの献立ができたそうです。

また、少しでも小中学生に今日の給食の想いを伝えたいことから、海士町教育委員会が協力し、後鳥羽院やメニューを紹介するリーフレットを作成、小中学生に配布されました。

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海士町学校給食共同調理場より


来年に向けて

今年は神輿渡御を開催することはできませんでしたが、来年の開催に向けて、様々なことに取り組んでいます。

大人の島留学生・島体験生たちが、遷幸800年という節目を盛り上げるべく企画を行ったり、PV撮影などを行なっています。

大人の島留学:国内外の若者たちへ向けた隠岐島前での中長期就労型お試し移住制度。
島体験:島前地域で行われている島の暮らしと仕事を考える3か月インターンシップ制度。

PV撮影では、灯籠流しやお神輿を出すなど、来年の神輿渡御に向けて映像を作っています。

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灯籠流しの様子。40個ほどながれました。

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お神輿を担ぎ、隠岐神社の中を歩きました。

後鳥羽院遷幸800年の活動に携わっている島体験生の荻原さんから、「来年に延期されてしまいましたが、この1年間でもっと準備して、来年を予定よりもさらに盛り上げればいいなと思います。」という感想をいただきました。

▼島体験生の萩原さんの活動はこちら

地区のみなさん快くご協力いただき、ありがとうございました。来年(2022年)の神輿渡御を楽しみにしていてください!

今年度の予定

10月2日(土)未来教室(琴体験)
10月16日(土)大祭・奉納行事
10月24日(日)未来教室(茶道体験)
11月13日(土)未来教室(蹴鞠体験)
12月11日(土)未来教室(料理教室)
3月6日(日)島民劇

※オンライン島の文化会議も年度内に2回実施予定です。

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▼後鳥羽院遷幸800年のホームページ

[文:嘉根(大人の島留学生)]

島との距離は離れても、気持ちはいつも近くに

ようござらした(ようこそ)、ありがとう!
教育の魅力化など様々な取り組みを推し進める【挑戦の島】海士町。島根県隠岐諸島に位置し人口は約2,250人。海・山・田畑のそろった自給自足のできる半農半漁の島です。2011年に【ないものはない】宣言。https://naimonowanai.town.ama.shimane.jp/