変化を続ける島でのはたらき方。2023年度グッドデザイン賞を受賞、AMU WORKの今。
「いろいろな仕事を掛け合わせて、わたしらしく編んでいく。」
島の特色である産業を生かしながら働き方をデザインするAMUWORK(海士町複業協同組合)は、グッドデザイン賞を受賞しました。国が定める「特定地域づくり事業」としては、全国初となります。
今回はAMU WORK事務局のお二人にお話をお聞きしました。
(手嶋さん)グッドデザイン賞の受賞は、AMUWORKの取り組みを客観的に評価していただけたんだと、改めて認識することができました。
(山口さん)グッドデザイン賞って聞くと、デザイン性に対する表彰だと思っていのだけれど今回の受賞のポイントは「仕事を編みながら地域で働く」という取り組み自体。
AMUWORKそのものにスポットライトが当たったということはうれしいし、受賞のポイントがそこにあると聞いたとき、価値のある取り組みになっているのではないかなと実感が湧きました。
−−AMUWORK発足にはどういった背景があったのでしょうか?
(手嶋さん)一番最初は、隠岐を含めた宿泊施設が減り続けている問題、観光客数が減り続けているという課題を解決するために海士町観光協会が動き出しました。
観光客は減り続け、廃業を余儀なくされる宿が増えていってしまった。
(山口さん)隠岐は離島のため日帰り旅行が難しい。宿泊業はなくてはならない存在です。守り抜かなければという思いがありました。
(手嶋さん)どうしたら宿を存続させることができるだろうか?という調査を海士町観光協会がしたところ、結果として、宿を経営されている方ご自身の体力低下などが悩みの中心でした。
布団を上げたり下げたり、清掃をしてくれたり。そういうシーンで助けてくれる人がほしい。でも、人手が欲しいのは、春先から冬が始まるまでの観光シーズン繁忙期。一年中お仕事をお願いすることはできないんです。
そんな中、俯瞰して海士町を見てみると季節ごとの人がほしい!と需要にそれぞれ違いがありました。漁業、農業、サービス業、それぞれの仕事で需要のある季節は変わっていきます。
それならば、その需要のある仕事をつなぎ合わせたらいいのでは?と生まれたのが「マルチワーカー」でした。
AMUWORKというはたらき方、言葉が生まれるまで
当時は海士町観光協会が担当していた「マルチワーカー」。あるとき法律が変わり、今までの働き方ができなくなってしまうことに。その後「マルチワーカー」の事例を参考にして改めて法律が制定されました。
その法律をもとに、新たに作り出した働き方が「AMUWORK」。現在は16人もの仲間が集まっています。
−−これだけの仲間が集まった背景には、どのような理由があるのでしょうか?
(手嶋さん)取り組みの発信に力を入れていたことも大きいのかなと思います。「そういう働き方をしたい」とみなさん様々な複業協同組合(特定地域づくり事業)を調べると思うのですが、それぞれ組合でどういう仕事をしているのかということに行き着くことがなかなかできない。
「AMU WORKERのみなさんが、今、何をしているのか見て分かる」ということを意識してHPを整えていけるように心がけました。
大人の島留学などで海士町を知り、いろいろ調べてくださった中で、AMUWORKのHPにたどり着くというケースもあります。
(山口さん)大人の島留学は30歳までという年齢制限があります。
ただ、ほかの働き方はないですか?と相談していただいた時に、こんな働き方もありますとお伝えするとAMU WORK合うかも、という流れになることも多いです。HPを見ていただいて雰囲気をつかんでくださっているのだと思います。
大人の島留学の制度を終了後、AMU WORKに参加される方もいらっしゃいます。
(手嶋さん)「派遣」という言葉を使わずにこの取り組みをどう伝えていくか、というところに重きを置いたのもAMUWORKが確立した一つの理由なのかなとも思います。
(山口さん)確かに、そうかもしれないね。
(手嶋さん)派遣って、いつ契約を切られるかわからないという不安定なイメージがついてまわる。AMUWORKはこちらから契約終了をお伝えすることは基本的にありません。
派遣という表現は使わずにマルチワークに変わる言葉を生み出そうということで、一人一人が自分なりの仕事を編みあげカタチにしていく「AMUWORK」という言葉が生まれました。
(山口さん)複業協同組合という言葉もあるし、特定地域づくり事業とか、いろいろな呼び方があって。少しむずかしく聞こえるよね。
AMUWORKという言葉自体も、離島で働くことのハードルを下げる理由の一つなのだと思います。
多様化するはたらき方、受け入れてくれた海士町のみなさん
2021年頃の発足当初、季節によって需要の高低差がある業種の、需要が高い部分をつなぎ合わせる季節ごとのはたらき方を主軸としていたAMUWORK。
2022年下半期からは週の中で仕事を変える、1日の中で仕事を変えるなど、はたらき方が多様化していきました。
−−現在はどのようなはたらき方をされている方がいらっしゃるのでしょうか?
(山口さん)午前中は観光協会、夜は商店で働くとか。午後から働き出して、夜は飲食店とか。昨年頃からまた新しい働き方が出来上がってきました。
複業のパターンに多様性ができてきた。ここに魅力を感じてみんなが集まってきてくれている部分もあるのだと思います。
(手嶋さん)そうですね。仲間が増えていくと同時に、受け入れてくださっている事業所の方も増えてきました。
最初の頃は、フルタイムで働いてほしいといっていた事業所の方も「週に何日かでも大丈夫だよ」と言ってくださったり。事業所の方からの見え方も変わってきているのかなと思います。
(山口さん)それはすごく感じるね。海士町の事業所のみなさんの固定概念が外れてきたのかなって。最初のころは一定の時間同じ業務をしてもらって成果を出してもらいたいという気持ちがあった。
でも来てくれる人たちのパフォーマンスや業務の質が高いから、思ってた以上に少ない時間とか、スポット的な働き方とかでも十分力になってくれるって知ってくださったのだと思う。
(手嶋さん)はい、少しずつ島の中で周知されていって、みなさんがAMUWORKという働き方を認めてくださっていきました。
−−AMUWORKが始まったばかりの頃、初めましての人と事業所さんをつなぎ合わせるのは大変だったのではないでしょうか?
(手嶋さん)そうですね。最初は誰も分からない状態からのスタートでした。
そんな中でも、「はたらく人がどうしたいのか」というところを一番大切にしていました。どういう働き方をしたいか、どういう仕事をしたいかを聞いた上で、その希望に応えられるよう調整していました。その部分は、発足当初から今も変わらず大切にしています。
AMU WORKで働いてくださっている職員さんの人数は16人だけど、調整する人数は事業所の方々も合わせるとその4倍くらい。そんなところにもやりがいを感じています。
(山口さん)個人の希望をまずちゃんと受け入れる、というのはAMUWORKで大切にしていることです。それってできないよね、という思考ではなく、どうやったらできるだろう?というところを事業者さんや国にしっかりと確認してみる。
(手嶋さん)最初は受け入れてくださる事業所さんもなかなか見つからなくて。「週5で8時間働ける方をお願いします」とおっしゃる事業者さんには「週2と週3の人、お二人に働きに行ってもらうのはどうでしょう?」と交渉してみたり。
(山口さん)みなさんに受け入れてもらえるように頑張った結果が、今のAMUWORK、海士町でのはたらき方につながっているのだと思います。
海士町での存在、AMUWORKのこれから
変わりゆく島での働き方、AMUWORKのあり方。今までを振り返っていただいたお二人に、AMUWORKのへの思いをお聞きしました。
(山口さん)「人手が足りないからやりたいことができない」ではなく、「人が来てくれるからやりたいことができる」そんな地域、そんな期待感を作れる組織にできたらいいなと思っています。人が来てくれる確証はないんだけど、きっと来てくれるはず、っていう期待を島のみなさんに思っていただけるようにしていきたい。そういう関係性で島が盛り上がっていくといいなと思います。
AMU WORKで働いてくださっている職員さんにとっては、複業という働き方をしてくださっている、それこそが最大の魅力だなと思っています。
やりたいことをやっていただくことも十分うれしい。それにプラスして、想定していなかったことをやることによって、想像していなかったキャリアが見つかるとか、自分ってこんなところで活躍できるんだ、という偶発的なキャリアに出会えると、さらに特別な時間になるのではないかと思っています。
(手嶋さん)AMUWORKにはいろんな働き方をしていらっしゃる方がいる中、労働局に「こういう働き方をしたい方がいらっしゃるんですけど、この働き方ってできますか?」と聞くと「それは法律的にOKかどうか確認するので、少し考えさせてください」と返ってくることがよくあるんです。
まだ言葉になっていない、文字になっていない働き方を目の前で見て、それをカタチにしようとすることができる。その場に自分がいられることが個人的にうれしいです。
(山口さん)自分たちで教科書を作っていくような感じだね。
(手嶋さん)そうです!私自身が新卒なので働くことへの「あたりまえ」がないんです。それが強みなのかもしれないです。
組織としては、組織っぽくならずにいられたらいいなと思っていて。最初の頃は「私はこれがやりたい!」と、みんな各々やりたいことをやっていました。今は、少しずつ人数が増えていって私たち集団、ではなくて組織だよね、というマインドに変わっていっているところです。ただ、組織になってしまったら思想や思いに合わない人が入りにくくなってしまう。そういう状態は避けていきたくて。組織なんだけど、ちゃんと一人一人の個性が際立つ、程よい存在でありたいなと思っています。
個性を活かして尊重して、そうして新しい働き方が生まれていく。こういった思いが、今回のグッドデザイン賞の受賞にもつながったのだと思います。
そして海士町にさらなる還流を巻き起せるように、これからも頑張っていきたいです。
(R5年度 大人の島留学:柿添)