島で唯一のホテルがEntôに生まれ変わる。今こそ、静けさの中で、対話の中で、まっさらな自分に還る旅を。
海士町の観光が大きな節目を迎えようとしています。島で唯一のホテルであるマリンポートホテル海士は、2021年7月1日にEntô(読み:エントウ)として生まれ変わります。
Entôは、隠岐ユネスコ世界ジオパークの拠点施設と島前カルデラの絶景をありのまま感じることができる宿泊施設の2つを併せ持つ複合施設です。「ない」ことにも価値を置いた、新しい豊かな旅を提供します。
Entôについては、今後数回に分けてご紹介していきたいと思います。記念すべき1回目は、Entô(株式会社海士)代表の青山敦士さんにお話をうかがいました。
島の未来に向けた構想をカタチに
ーーいよいよオープンする日が近づいてきましたが、率直に今どのようなお気持ちですか。
青山さん:
この気持ちを言葉にするのはすごく難しいですが、今の自分の気持ちは結構集中していて、わくわくと言いたいけれど、そういう感情でもないし、かといって不安ということでもない。今起きてることを、どんどん冷静に見ようとしている感情が強いです。
一方で、いろいろな方の想いとご協力のおかげで、ようやくここまで来たぞという実感も間違いなくあります。一歩一歩冷静に進めている感触と、ずっとやりたい、いつかやりたいと言っていたものが、現実になる瞬間みたいな手応えを感じています。
ーー青山さんから見て、海士町の観光はどのように変化していきましたか。
青山さん:
私が観光に関わるようになってからの話になりますが、私自身、14年前に海士町観光協会で観光のキャリアをスタートさせたときに、ちょうど海士町では、外貨獲得(島の商品を首都圏や島外に積極的に売り込む)ということで特産品開発を行ったり、教育の魅力化の取り組みなどを行っていました。
海士町観光協会としても大きな観光の方針を立てようとしたときに、日帰りができない離島観光において、これからの観光業、地域経済にとってすごく重要になってくるのは確実に宿であると注目していました。
青山さん:
島後(隠岐の島町)や西ノ島、知夫里島など、すばらしい絶景地が隣の島々にある中で、海士町はやはり「人」や「人のもてなし」、「交流」にこそ自分たちの強みがあると思います。
海士町に遊びに来てくださったみなさんが、数時間で景色を堪能して帰るよりも、長い時間、夜の食事をともにし、いろんな人と出会っていただいくような滞在拠点として待ち構えているのがすごく重要ではないかと、そういう観光の方針を打ち出し、「島宿」というプランをはじめました。
青山さん:
6年ほど前に、マリンポートホテル海士別館の老朽化が進んでいたので、いよいよ建て替えを検討するときに、ちょうど同じタイミングでジオパーク拠点施設を海士町に作るという話が出ていました。
それぞれの場所に施設を作るよりも、ホテルの一部分にジオパークの展示スペースを作ることで、このホテルを海士町の玄関口として、ジオパークの拠点施設でもあり、宿泊施設でもある形にリニューアルするのがいいのではないかと思っていました。
その反面、町民のみなさんからは多額のお金を使ってまでホテルをリニューアルすることが本当に必要なのか理解されづらかった部分もあったのだと思っています。
自分にとって特に大きかったのは、当時の上司や観光に携わるみなさんの存在です。施設を建てる最終的な責任者としての山内前町長・大江町長と、海士町観光協会での上司の青山富寿生さんをはじめ、観光に関わる様々なみなさんや商工会のみなさんが、次の島の未来に向けて構想してくださり、4、5年の間ずっと話し続けてきました。
また、隠岐全体としても観光戦略としてジオパークを中心に展開していく機運が高まってきたことも大きな変化だと思います。
青山さん:
ホテルのリニューアルが決まり、住民説明会を2年ぐらい前に開かせていただいたときに、全力で私たちの想いを話しました。
説明会が終わった後、来てくださった島民のみなさんから頑張ってほしいという応援をいただき、自分たちだけじゃないんだ、海士町全体で進めていくんだと、心に灯る火が一層大きくなりました。
ホテルじゃないホテル
ーーEntôの構想はどのように生まれたのでしょうか?
青山さん:
大きな考え方として、ジオ施設とホテルを分けないということを決めたんです。例えばラウンジはホテルラウンジだけでなく、ジオパークの施設としてのラウンジでもある。一方でジオパークの空間も、ジオパークの展示施設だけでなく、ホテルとしての空間でもあるというイメージです。
「ホテルじゃないホテル」をキーワードに、ホテルって何だろうとか、ホテルじゃないって何だろうみたいな話をしてきました。そこで、「ホテル」だから実は捨てている機能や、「ホテル」と認識しているからこそ、働いているスタッフ、来てくださるお客さまが失っている価値のようなものが双方にあるんじゃないかと思ったんです。
青山さん:
隠岐四島それぞれにあるジオパーク施設で、海士町をどう出していくべきか、設計士のみなさんとコンセプトを話し合っていく中で、海士町は「ないものはない」という島らしさを表現する言葉をもっていて、しっかりと「ないものはない」海士町を体現できてるのだろうかということを考えるようになりました。
地球に、ぽつん
青山さん:
また、Entôのビジュアルアイデンティティを依頼している日本デザインセンターさんに海士町のあらゆる情報をお伝えし、考えてくださったキャッチコピーの一つが、「地球に、ぽつん」というキーワードでした。
最初は人の温かみだったり、おもしろさや刺激的なことが海士町らしさだという気持ちが強かったので、正直なところ、そのときは心から納得できなかったです。
青山さん:
ただ、大事なお客さまだったり関係人口のみなさんだったり、これから来ていただきたいみなさんを想定したときに、海士町では多様な人との出会いや交流があって、夜の食事やその後の二次会で盛り上がって、朝まで話すようなことをやっているんですが
いざその交流から宿に帰ったときに、ふと星空を見上げる瞬間とか、客室の中で本当になんのノイズもない時間と空間に浸ってもらうこと、朝起きて海を前に自分だけの時間を提供することが大事で、それは今の海士町がまだ提供しきれていないことなのではないかと思い至りました。
Entôは、「ないものはない」を最も大切な価値としていて、本当に削ぎ落とした「ない」空間を追究しています。
これまで海士町が大切にし、Entôとしても磨き続けていく「ないものはない」の、なんでも「ある」という姿勢(必要なものはすべてここにある。あるものを徹底的に磨く。なければ皆でつくる。)と、改めて振り切った「ない」という佇まいの中で、その振れ幅を体感していただきたいと思っています。
海士町の地域通貨の紙幣に載っている小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)さんの言葉で、「私は隠岐で、強い力でその影響を遠くまで及ぼしている文明から逃れているという喜びを味わい、人間の生存にとって、あらゆる人工の及ぶ範囲を超えて、自己を知る喜びを知ったのである。」というものがあります。
他にもこの島を訪れた数多の稀人がそうであったように、時に「希望」として問いを持ち帰っていただく。まる裸の地球と、島の営みに触れる時間を通じて、まっさらな自分を感じ、向き合える。
それがEntôで体験できる旅です。
Entô 2つのコンセプト
ーーEntôのコンセプトを教えてください。
青山さん:
Entôのコンセプトは「honest(ありのまま)」と「seamless(境目のない)」と定めました。建築の設計をしてくださったマウントフジアーキテクツスタジオさんに、「ホテルから羨望できるこの景色以上のジオパークって他になにかあるのでしょうか。たくさん着飾って展示して、情報過多にさせることよりも、この景色を眺めるだけで、自分たちは本当に地球に生きてるんだという気持ちになってもらうことこそが、1番ジオパークらしい体験になるのではないでしょうか。」と提案していただきました。
青山さん:
着飾ることなく、ありのままの等身大の海士町を大切にしたいという気持ちと、「ここは〇〇で、そこはロロ。」のように、なにかとなにかを区切るのではない。
この地を支えるジオの存在へと繋ぐジオパーク施設と、ホテルとの境目をどんどんなくしてしまおうという考え方が、自分たちのやりたかったことを的確に言語化してくださったと思っています。
またジオパーク施設としても、海士町でいろいろなものを感じたり考えたりするときに、Entôの「ない」空間の中で向き合ってほしい、ゆっくり落とし込む空間であってほしいとも思っています。
Honest(オネスト)
無垢であり、誠実、ありのまま等身大の姿。ぽつんとひとり、眼前に広がるジオスケープを眺める。ふっと一息、日常を忘れ、自然に溶け込むように思考を止めてみる。
Seamless(シームレス)
隔たり、境目のないこと。こんにちは、と、旅人、島民、スタッフと。遠い島で、人と土地とつながってみる。
来島されたみなさんを施設の外、島全体へと送り出す、学び・交流の施設として、暮らしに溶け込みながらも、常に新しい世界と繋がる機能を果たしていく。
ーー青山さんがEntôの好きなところはどこですか?
青山さん:
私がEntôで特に好きなところが、スイートルーム、ジュニアスイートルーム、デラックスルームの客室についているテラスです。夜を過ごすときなどに使っていただけたらと思っているんですが、客室との境目もよくわからないようにしています。
客室廊下も半分外になっていたり、ジオパークの展示などもどこがジオパークの施設で、どこがホテルなのか、このまざり具合がseamlessを象徴しています。
この空間で、ありのままの繋がりを感じ、まっさらな自分と向き合う時間を過ごしていただきたいと思っています。
まっさらな自分に還り、向き合える場所
ーーEntôの理想の姿を教えてください。
青山さん:
ホテルの進化って何だろうと考える機会があって、ホテルの起源を調べたんですね。そのときに自分の中でたどり着いたのが、「聖地巡礼」でした。だからこそEntôがラグジュアリーホテルのような高級でゴージャスな雰囲気になることにはすごく抵抗感があったんです。
ホテルの起源は、昔、人が聖地、例えばお伊勢参りなどに行く場合に移動していて夜になってしまい、結局どこかに泊まらざるを得なくなったときに駆け込んだのが教会や神社仏閣であったのがはじまりで、そこで病気やけがをした人が、1,2ヵ月入院していくことになったことで、ホスピタル(病院)と呼ばれるようになりました。
そのもう一方で、元気になった人々が次の土地へ送り出されながら、「どこへ向かうのか、なぜ行くのか」「自分とは誰なのか」と真っ直ぐに問われる場面もあったかもしれません。
青山さん:
海士町がつくるホテルとしても、やはり次の社会や次の働き方がどの方向に進むのかに、今こそ、静けさの中で、対話の中で、まっさらな自分に還り、向き合えるホテルでありたい。私は、このような信念を持っています。
ジオパーク施設としても、表層的な何かを学べたということよりも、今の自分はどう思ってるんだろうとか、どっちに行きたいんだろうとか、自分自身が問われる中で、ささやかな光を見い出せる、そういう場所として存在していたいです。
実はめぐりめぐって、ホテルじゃないホテルを目指しながら、本当のホテルを取り戻したいという気持ちなのだと思います。
やはり今、ちゃんと、「地球にぽつん」ですね。
今まで海士町は、来てくださるみなさんになにかをしていただいてばかりだと思っていて、次は来ていただくときは、今後のチャレンジや、次のステップに行くためのリセットをしていただけるような、故郷のような場所になるよう、Entôを形作っていきたいと思っています。
青山さん、Entôについての経緯や想いを話してくださり、ありがとうございました。Entôに関する記事は、運営に携わるみなさんにフォーカスを当てて、今後数回に分けて綴っていきたいと思います。
また、青山さんはnoteのアカウントもあり、ホテルへの想いを書かれてますのでこちらもぜひご覧ください。
Entôのオフィシャルサイトはこちらから見てみてくださいね。
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